平和の礎

~慰霊の日に沖縄に行こう~

平和の礎

平和の礎目次

平和の礎とは

沖縄といえば…何をイメージしますか?

きれいな海と空…白い砂浜!南国のリゾート地というところでしょうか?

沖縄県の人の方言に「イチャリバーチョーデー」(会えばみんな兄弟)という言葉があるように、陽気でゆったりとした、沖縄時間の中で過ごすことをイメージする人も多いであろう。

しかし、沖縄は昔、世界的にも大規模で悲惨な戦争の地上戦が起きた場所という悲しい過去もある。その悲しい過去は、慰霊の日として知られ、今も語り継がれている…

その象徴が平和の礎(いしじ)である。

平和の礎(いしじ)は、沖縄の方言でいしずえいしじという為である。

平和の礎の特徴である、屏風型のデザインにも、「平和の波永遠になれ」(世界にも平和の波が広がるように…)という願いが込められています。

約25万人の名前を刻むことができるように作られたとのこと…25万人以上の太平洋戦争での戦没者が存在していると考えると……

世界の平和を願い、国籍や軍人・民間人の区別をする事なく、沖縄戦などで亡くなった全ての人々の氏名を刻んだ祈念碑である。

1995年(平成7年)6月に太平洋戦争・沖縄戦終結50周年を記念して建立された。

海岸線を見渡す平和の広場に建てられており、屏風型の花崗岩に銘が刻まれる。現在も追加刻銘を受け付けている。 (平和祈念公園 紹介文より)

令和4年現在、241,686人の刻銘者が刻まれている。

平和の礎の周りには、大きな葉っぱの「コバテイシの木」が立ち並び、ちょうど梅雨が明けた時の暑い日差しの沖縄に、日陰を作り風を送ってくれる。

静寂の中に、ザワザワと吹く心地よい風が平和の礎に吹く。

礎には、離島、県外、北部、中部、南部と地域でわかれている。

内訳は沖縄県民 149,584 県外都道府県 77,458            

米国 14,010  英国 82  台湾 34  北朝鮮 82 大韓民国 382

                        

刻銘ゾーンは、メイン通路の左側が沖縄出身者、右側が他の都道府県出身者、右手のサブ園路には、外国出身者のゾーンと分かれている。

刻銘者の名前が分からずとも…○○の子などと記されている刻銘もある。

そう記した背景には、名前は分からずともその方々が生きておられたという証と考えてのことである。

慰霊の日には平和を願いながら、家族、親戚の名前を探し、花やごちそうを手向け、線香を焚いて手をあわせるのである。

近年は、戦争体験者も高齢化が進み語り手が少なくなっている。

おじぃやおばぁも、なかなか足が運べない代わりに、後継者である子ども達が手を合わせに行くこともあるようである。

今後も、後世に繋ぐ行事となることを願う。

平和記念公園

沖縄県営平和祈念公園

平和の礎の場所は、沖縄県営平和祈念公園にあります。

平和の礎は、平和祈念財団が指定管理者となっている。

どうしてその公園にあるのか?

それは、平和祈念公園は、本島南部糸満にあります。「沖縄戦終焉の地」である

摩文仁の丘が見える場所に位置し、公園整備は、琉球政府時代から始まったといわれている。

平和の礎の他にも、沖縄戦の写真や遺品などを展示している平和祈念資料館、戦没者の鎮魂と平和の尊さを祈る平和祈念館などがある。

平和の礎のメイン通路を進むとそこには平和の広場があり、海が見渡せる。また、このメイン通路は、6月23日の日の出の方位に合わせて設置されている。

平和の広場には、「平和の火」が設置されている。平和の火は、沖縄戦で米軍が最初に上陸した座間味村の阿嘉島の火を採取して作られたとのこと。

また、広島の「平和の灯」長崎の「誓いの火」から分けてもらい作ったものである。

修学旅行生や沖縄県の中高生も、平和学習で多く訪れる場所でもある。

また、広い芝生、青々と茂る木が並び、ダイナミックに作られたアスレチック遊具がある、休日はそこで家族連れが賑わう。(名称命の卵ゾーン)

こいのぼり飾り

ゴールデンウィークには、日本一大きなこいのぼりや、各地域の保育園、幼稚園から集められた手作りのこいのぼりが飾られ、子ども達の健やかな成長と子ども達の未来の平和を願う行事が開催されている。

クリスマスから大晦日、お正月には、平和祈念堂で、新年に向けて平和の決意を込めて、慰霊のたいまつを掲げ、午前0時に鎮魂の大聖火を焚く行事、平和の丘にサーチライトで平和の光の柱を灯す。

また、平和の丘から、式典広場までの園路にペットボトルキャンドル点灯も行われている。

(近年はコロナ禍で、行事が中止になっていることもあるので参加される際には問い合わせをした方がよい)

悲しい過去の歴史と、現在の平和な日常とそれを継いでいこうとする様子が混在する風景がそこにはある。

慰霊の日だけではなく、年中世界の平和を願い、平和を考える行事が行われている。

6月23日 慰霊の日 戦没者追悼式典で行われること

沖縄には、「慰霊の日を境に梅雨が終わる」という言い伝えがある。

 言い伝えの由来は、様々である…

慰霊の日に、雨天であったことは記憶の中でも少ない気がする。

沖縄県主催の元、内閣総理大臣も迎えて追悼式が行われる。

沖縄県知事や他300人ほどの参列者と共に、正午を迎える時に1分間の黙祷をささげる。

県知事による「平和宣言」や、総理大臣による挨拶が述べられる。

沖縄県警車両や、武装した多くの警官が警護に当たっている。

また、米軍基地反対派団体なども集まり、抗議なども行われ…物ものしい雰囲気が漂う。

そんな慰霊の日には、陽気でのんびりしている沖縄時間とは、少し違う空気が流れているように感じる。

また毎年、県内の小中高生の作品から選ばれた「平和の詩」の朗読が作者によって行われるのである。

令和4年度は「こわいを知って、平和がわかった」と小学校2年生が述べた

以前には「へいわってなんだろう」と詠んだ詩もあり、こちらは絵本となり出版され、販売されている。

各小学校、保育園、幼稚園に配られ、慰霊の日には読み聞かせが行われている。

また、令和四年度から始まった新たな取り組みとして、23日に向けて行われるのが平和の礎に記されている刻銘者の読み上げである。

24万人以上の刻銘者を読み上げるため、11日間かけて国内外から1500人の方が参加し、オンラインを活用しながらリレー方式で、連日午前5時から午前3時まで読み上げが行われ、その様子は「YouTube」でその様子を見ることができる。

「さとうきびのうた」の曲と共に、心を込めて読み上げられている様子は戦没者を大事に思うことが伝わってくる。

参加者の中には、高校生や大学生もいる。また、沖縄戦で命を落とした親族の名前を読み上げ、声を震わせる人もいる。

当日23日は、平和祈念公園に会場を設け、現地で読み上げに参加ができる。

この取り組みが始まったのは、戦争体験者や遺族が高齢化が進み、戦争の記憶や慰霊の場を引き継ぎ、新たな形で哀悼の意を示そうと、県民らで作る実行委員会が企画している

実行委員は「刻銘者をよみあげることで、一人ひとりの人生があったこと…、平和の礎に刻銘されている事で。また名前に命を与えたい」と語っている。

この新たな取り組みに、刻銘者名簿作成やフリガナ作成などの補助スタッフも募集し、取り組んだとのことである。

このように多くの取り組みが慰霊の日に向けて行われ、沖縄戦を学び、第二次世界大戦が風化せず…世界の平和を願う機会が各地で広がるように沖縄戦体験者や親族、後継者が紡いでいるのかもしれない。

沖縄にとって6月23日は特別な日である。

公立の保・幼・小・中・高校、県庁、市役所などは休日となり、平和を祈り、命の尊さを考える日である。

沖縄県、各市町村では、慰霊の日を県民の休日と条例に定めている。

しかし本土復帰して後は、民間企業が休日を返上し通常営業を行う。そのため、保育園や幼稚園も開園し、働く保護者のため子ども達を受け入れる所もある。

慰霊の日の文化や伝統が、薄れている状況も感じる。


戦没者の名前が刻まれた「平和の礎」を訪れ、手を合わせ平和を祈る人たち

毎年、慰霊の日の追悼式がテレビで放送されるがあれは、ほんの一部…一瞬である。

沖縄県民、沖縄の子ども達は慰霊の日がある一週間前から毎年…

小学生は、学校で第二次世界大戦の話を紙芝居や絵本で学び、平和の歌を口ずさむようになる。

「僕たちは わかっているよ  平和が一番大切ということを

 僕たちに 教えてほしい   どうしたら 平和が訪れるの

沖縄から 平和のうたを届けたい  声をそろえて… 」

                 (沖縄から平和のうたを より)

中・高生は、平和祈念公園の資料館へ行き戦争体験者から聞き、今も尚、様々な場所に残されている不発弾や米軍基地のことを学ぶのである。

そして、慰霊の日を迎える。

慰霊の日には、家族で平和の礎に刻まれているご先祖様に手を合わせる

そこで、おじいやおばあが「ねぇねぇ!」(姉)「おとぉ~」(父)「○○にぃにぃ」(従兄弟)と親戚、親族の名前を呼び、涙を流し手を合わせる後ろ姿を見て、子ども達もまた手を合わせる…

その様子は、胸に刺さるものがある。

近年は、戦争体験者も高齢化が進み語り手が少なくなっている。

おじぃやおばぁも、なかなか足が運べない代わりに、後継者である子ども達が手を合わせに行くこともあるようである。

今後も、後世に繋ぐ行事となることを願う。

平和の礎とは何なのか?

慰霊の日とは…を沖縄で考え、いつもと違う沖縄の風景を見て、平和を願いながら沖縄旅をするのもいいのかもしれない。

アクセス

沖縄県営平和祈念公園

沖縄県立 平和祈念公園  沖縄県糸満市摩文仁444番地

             098-997-2765

バス利用の場合  ① 那覇バスターミナル→糸満線

           バス番号 89番  片道580円

         ② 乗り継ぎ 糸満バスターミナル→玉泉洞線

           バス番号 82番  片道480円

タクシー利用の場合 那覇バスターミナル→糸満摩文仁

         距離 180キロ  料金 約3500円(片道)

・慰霊の日に訪問する場合、多くの県民、マスコミ、警察官がいるため、

 駐車場も込み合う。

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